
昨日の西日本新聞福岡都市圏版に掲載されました、「筑前りょう太がいく 九州プロレス旗揚げ(上)」の内容をご紹介させていただきます。つーかタイトルがこれですよ。
以下内容です。かなりたっぷり。ビバ西日本新聞。
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筑前りょう太がいく 九州プロレス旗揚げ(上)
古里・九州を元気にしようじゃないか−。そんな心意気で九州出身のレスラーが集まって2月、NPO法人(特定非営利法人)「九州プロレス」が誕生した。代表の筑前りょう太(35)=本名・椎葉亮司=はいま、今夏の旗揚げ戦に向け奔走している。
1999年1月、椎葉はメキシコの地方都市ネッサにいた。約500人の観客が見守る中、ゴングが鳴る。日本人レスラーの「SHIIBA(シーバ)」のデビュー戦が始まった。
2対2のタッグ戦。相手はメキシコの国民的ヒーローで覆面レスラーのミル・マスカラスら。マスカラスは華麗な空中殺法を繰り出す。もてあそばれるSHIIBA。最後は、背骨折りの技にギブアップしてしまった。
薄暗い控室で手にしたギャラは20ペソ(現在の200円程度)。だが椎葉は一つの確信を得る。「試合内容は無我夢中で覚えていない」が、試合の間ずっとリングサイドから「メヒコ(メキシコ)コール」が聞こえた。総立ちの観客はマスカラスを通し、郷土を応援していた。
「すごい郷土愛。熱く地元を愛する姿はどこか九州と似ている。いつか福岡や九州を舞台にプロレスをやれたら。いや、必ず実現させたか」
過酷なメキシコでの修行(3年間)と、関東のプロレス団体での経験を携え、椎葉は10年後、福岡に帰ってきた。リングネームは筑前りょう太。いつでも福岡に戻れるよう地域に根差した名前に変更していた。2月5日、福岡市役所で新団体「九州プロレス」旗揚げを発表した。いつもは静かな会見室に叫び声が響く。
「プロレスで古里九州を元気にする。東京の人が九州にやって来るような『観光資源』にする。見た人が九州に住んでいることを誇りを持ち、郷土が熱くなるような試合をやっていく」
遠くメキシコで実感した人々の熱い思いが忘れられなかった。「いつかは福岡で」の夢を実現させた。所属レスラーは8人。全員が九州出身。試合も九州限定だ。昔からの大衆娯楽であるプロレスは人を元気にさせる。そう信じるレスラー8人が結集した。
プレ旗揚げ戦は5月11日。九州プロレスの代表、筑前りょう太の出身地・志免町である。正式な旗揚げは7月6日、福岡市の西鉄ホールだ。
本番が迫る。「声を出せ」「受け身はしっかり」「あと100回っ」。遠賀町の遠賀川沿いにある練習場で九州プロレスは週3回、合同練習に汗を流す。試合想定の特訓も重ね、基礎体づくりとスタミナ強化も入念だ。
団体旗揚げ発表から約3ヶ月。レスラーたちの筋肉も厚みを増し、切れと力強さがリングで躍動するようになった。博多にわかのお面姿でリングに入る筑前。得意技「がつんといくばい」(腕を相手の首元にぶつける)を繰り出す腕や胸回りはTシャツからはちきれんばかりだ。
「子どもからお年寄りまで、誰もが楽しめる九州プロレス。とことん地域密着でいくけん」。格闘技と娯楽をミックスした異色の地域起こし。筑前りょう太が九州を盛り上げる。
(敬称略)
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…けっこう細かい部分の話もありつつ、これまでの経緯が書かれとります。写真はカラーで2枚。

上のは手作りのリングがあるみたいなので、先日の慰問の時のものかな?下は発表記者会見のものです。
全3回とのことですが、1回めでここまで書いてあると、あとの2回はどんな内容になるのかしら。続きは今日かな?またチェックしときます。
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